saci perereの山暮らし

湘南あたりでギター演奏家しながら浅間山北麓で山暮らしの二拠点生活

台風一過〜初秋の風

台風25号は神奈川県、千葉県に猛威を振るい過ぎ去って行った。浅間山北麓では昨日の夕方には雨が止み、一瞬、雲が赤く染まった。ちょっと神秘的で好きな瞬間だ。夜に一度通雨があったが、その後は満天の星空。明日は晴れるぞ!と期待が高まる。

 

今朝は予想通り雲一つない快晴。今朝までいた息子が午後から仕事だというので、午前中に浅間牧場まで乗せて行ってもらった。久々に浅間山を拝むことができた。

カラッと晴れて初秋の風が気持ち良い。

息子とはここで別れて、後は別荘地の中の長い下り坂をひたすら歩く歩く。今週はほとんど外に出ていないから一気に運動不足を解消だ。少し色付き始めた葉だったり、足元の栗の実、そしてコスモスやススキなど見ても嫌が応にも秋を感じさせる。

これまで気づかなかったけどいろんな木々の赤い実がなってます。これも正に秋だなあ。

まだまだキャベツもどんどん育っている。今日の日差しは野菜たちにも貴重だ。

 

ハナビラタケ!

いやーほんとによく降る。台風25号が関東南部に接近。湘南地域も大荒れで土砂災害レベル4の警報が出た。浅間山北麓の山小屋では今日は霧雨のように降り続き、時折雨脚が強くなる程度。台風の接近は感じられない。少し葉が色づき始めたようでところどころ木々の合間に黄色や赤の葉が混じり始めた。今週も外での作業は難しそうだ。

さて前回ブログで掲載したキノコの写真。和田明子さんに教えていただいたハナビラタケ。あれから10日も経ってしまったが、まだありました。だいぶ変色して黄土色になってしまいましたが(写真は10日前のもの)。調べてみると標高の高い深山の松の根元などで見られるとのこと。幻のキノコだとな。似た毒キノコも無いようです。庭の赤松の根元にある。間違いない。1/3ほど収穫!

ハナビラタケ

水で洗って、茹でてから半分をバター醤油炒めで、残りはポン酢でいただきました。ちょっと加減が分からず茹で過ぎてしまい風味が損なわれてしまいましたが独特のプルンとした食感。美味しかったです。

翌日、改めてもう1/3収穫したので次は茹でずにオリーブオイルで炒めてみよう。

 

追伸:翌日、今度は水洗いした後に茹でずに水気を切って、そのままオリーブオイル、塩、山椒で炒めました。プルンプルンの食感としっかりした風味、山椒がピリッと効いてとても美味しくいただきました!

ず〜っと雨、絵の練習

強力な秋雨前線のせいで、このところ日本中、至る所で豪雨災害が起きている。

ここ、標高約1,000mの浅間山北麓も毎日雨、雨、雨。晴れていればキャベツ畑の向こうに浅間山が見える鎌原のお気に入りビューポイントも、キャベツ畑が霧に消えてゆく。

秋雨前線が関東よりも南下し、今日の日中の気温15℃、流石に寒い。このまま気温が低いままということもあるまいが、それでもやっぱり秋の気配を感じる。

8月から結構雨の日が多くて、不在の時も除湿機をつけたままにしている。おかげでリビングの湿度は60%台をキープできているが、除湿機一台では浴室までは流石に無理でカビが出てしまった。

山小屋の周りも兎に角乾く暇がなくて、玉切りした丸太にキノコが生えるし、あちこちキノコとカビに侵食されてゆく感じ(美味しそうなのもあるんだけど、ああ、誰か毒キノコかどうかジャッジしてほしい)。

8月の長雨の時は久しぶりに工作した。去年の夏に八ヶ岳倶楽部で購入したステンドグラスのランプ。直接コンセントに差し込むタイプなのだが、高い位置にコンセントがなくて足元でしか使えなかった。そこで以前もらってきた木材の残りで木箱を作って壁の高いところに設置した。家の中で電動やすりを使ったので家中、木粉だらけになってしまったが、やっと宿題をこなすことができた。

 

今週もずっと雨続きなので薪割りもできず、ほとんど外に出ていない。完全に運動不足だ。でも雨じゃあ仕方ないので家にこもって、これも久しぶりに絵の練習をした。

苦手な水彩に再挑戦だ。今回は鉛筆画に彩色することにした。テーマは夏野菜。

最初はキャベツ。鉛筆で書き込んで、軽く彩色。水彩っぽい絵になった。

少しだけ難易度を上げてトウモロコシ(唐黍)。鉛筆で書き込むと、なんとなく陰影はつくが唐黍が黒ずんでしまう。先端の髭も難しいなあ。色ももっと塗り込まないとなあ。

もうちょっと難易度を上げて、今度は皿に盛った福耳唐辛子とモロッコインゲン。野菜ごとの質感の違い(ツヤや粗目など)が難しい。皿をしっかり(楕)円形に描くのもすごく難しい。

鉛筆画に頼って簡単な水彩にとどまってはいるが、少しだけ彩色に慣れてきたように思う。

今夜は今シーズン初めて薪ストーヴを焚こう。

城ヶ崎で音楽合宿〜朝🎶

南ドイツの旅を振り返るのに1ヶ月以上もかかってしまった。でも訪れた場所を改めて写真や地図で確認したり、その歴史を少しではあるが調べる作業は貴重な体験をしっかりもう一度追体験して、記憶に深く刷り込むような感じで結構楽しかった。

 

夏には他にもいろいろあったのでこれから溜まったものを記していきたい。

 

湘南のライヴハウスで月一でハウスバンドを務めていてお客様の歌や演奏の伴奏をさせてもらっているが、毎年8月(と12月)はそのライヴは無い。だからというわけでも無いのだが、そこの常連さんでsaci perereの他のライヴにもよく足を運んでくれる方達と、ハウスバンドのメンバーの一部で伊豆城ヶ崎海岸に近い(バンドメンバーのジュンジュンの知り合いの)別荘で音楽合宿という名の飲み会を(二泊三日)やった。以前からやろうやろうと言っていたが、お盆直前にやっと実現できた。

ただ呑んで食って歌ってでも充分楽しいが、せっかくだから課題曲を持って行った。もうだいぶ昔に(22年前に)バンドメンバーK氏(今回は来れず)と一緒に作った曲だ。

初日、道が混んで待ち合わせに遅れそうになり、昼食抜きで到着したが、常連のカナミンさんの息子さんがささっとうどんを作ってくれて生き返った(ありがとう!)。と同時に飲み会に突入。

歌声喫茶状態で盛り上がり続けた。何かのきっかけでAIの話になり、こんなことあんなことができるよ、写真の加工をしたりした。僕は初めての経験で単純に面白かったが、一方でこんなことで大変な電力消費に加担している自覚もありちょっとだけ複雑な思いだ。

ものすごく面白いAI写真もできたのだが、ジュンジュンの名誉の為伏せておきましょう。

saci perereの写真だけ。左下のギターを弾いているところの写真に、「ログ風山荘でギターを弾いているところ」と指令?をすると右下の写真がすぐできた。夏だから使ってない薪ストーブの上に譜面を載せていたのだが、作成された写真では薪ストーブが盛大に燃えている。これでは火事になるよ、と突っ込みたくなるがそれにしても瞬時にこういうAI写真が生成されるのには本当に驚いた。

初日夜にその息子さんが電車で帰り、二日目昼にバンドメンバーのイマちゃんが同窓会?の幹事のため帰ってしまったが、残るメンバーでsaci perereのオリジナル曲「朝」の録音を開始した。その場でハモリを考えて譜面にしたから歌う方には酷な話だ。それでもTake11で何とか聴けるものになったので(改善点は多々あるが)、今回の音楽合宿の成果作品ということで聞いていただこうと思います(ジュンジュンが作成した合宿の様子やメイキング映像を入れたバージョンもありますが、一応それぞれの名誉と個人情報保護のため伏せておきますね)。

www.youtube.com

このサムネイルの絵も皆で玄関で撮った記念写真を「山荘のテラスでの記念写真を油絵風に」で作成されたAI写真だ。手前、ジュンジュンとsaci perereだけ年相応だが他は皆一様に若く生き生きとして描かれている。AIも人を見るのか。

 

三日目、皆で片付け掃除をして現地解散。家主との調整、買い出し、料理、片付けと大活躍のジュンジュン、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。カナミンちゃん、ムスコ、ミーちゃん、イマちゃん、そしてジュンジュン、また是非やりましょう!

南ドイツの旅(5/5)〜イェナー山〜ベルヒテスガーデン市街〜ザマーベルク〜ミュンヘン

南ドイツの旅9日目、雲は湧いているが、ヴァッツマンが朝日を浴びて白く輝いている。

今日は、一昨日ケーニヒス湖で船に乗ったSeelände港そばの同じ駐車場に車を停めて、イェンナーバーン(Jennerbahn)というロープウェイに乗ってイェンナー山(Jenner, 1874m)を目指した。Talstation駅(標高630m)からMittelstation駅を経由して(くの字に曲がって)Berstation(山頂駅標高1800m)へ一気に1200m近く標高を上げた。駅は展望台になっていてレスランや土産物屋もある。ここから30分ほど登るとJenner山の山頂だ。

山頂からは360°ぐるりと展望が広がり、壮観だ。西北方向を見るとケーニヒス湖とベルヒテスガーデンの街が見える。山に囲まれた街であることがよく分かる。

Königsseeの湖面が美しい。Königsseeは急峻な崖で囲まれているが、一昨日立ち寄ったSt. Bartholomä港は湖の両端以外では唯一の平地だ。Watzmannから雪崩や土砂崩れなどで形成されたのだろう地形だ。ベルヒテスガーデンの奥に聳えるのは主峰ベルヒテスガーデン•ホッホトロン(Berchtesgadener Hochthron, 1972m)やザルツブルク•ホッホトロン(Salzburger Hochthron, 1852m)などからなるドイツ(バイエルン州)とオーストリア(ザルツブルク州)にまたがるウンタースベルク(Untersberg)山脈だ。石灰岩質の山脈で、ここで採れる大理石はザルツブルク大聖堂やミラベル宮殿で使われたそうだ。あの山塊の向こうは昨日行ったザルツブルの街だ。

Königssee                Berchtesgaden

ロープウェイの山頂駅に戻って反対側の散策路に向かう。目指すはCarl-von-Stahl-Hausとういう峠にある山小屋のレストラン(標高1736m)。山頂駅から急坂を降りその後なだらかな山道を歩く。山道はザレ場で急坂は滑ってかなり足を取られる。道端にはたくさんの花が咲き、背景の山々も美しくて全く飽きない。

1時間ほどでCarl-von-Stahl-Haus小屋に到着。丁度、お昼時で大勢のハイカーで賑わっていた。山小屋の手前にある柵、これは国境で向こう側はオーストリアだ。というわけでオーストリアの山小屋レストランで昼食となった。

良い天気だ。気持ち良い。オーストリアからWatzmannに乾杯!

歩いて下山することもできるのだが結構時間がかかりそうなので、来た道を戻ることにした。Jenner山とWatzmann。Jenner山の山頂駅までザレ場の道がジグザグに続いているのが分かる。そしてこの角度からだとあのWatzmannの特徴的な山容が判らないが、威厳のある山体だ。

下りのロープウェイJennerbahnに乗って山麓駅へ。山麓駅から見上げると白く岩肌が輝くのは宿からも見えるGöll山塊のHoches Brett(2340m)だ。山麓駅周辺は原っぱが広がっていてなんだかとても気持ちが良い。

車でベルヒテスガーデンに戻ってきてまだ14時半過ぎ。午後はベルヒテスガーデン旧市街を散策することにした。旧市街内の駐車場になんとか駐車できて、散策開始。まずは近くの教会へ。

これはキリストの十二使徒の一人である「聖アンドリュース」の名前を冠する聖アンドリュー教区教会。1397年にベルヒテスガーデン市民によって建てられたカトリック教会だそうだ。18世紀にバロック様式に改築され、ピンク色のファサード、高い塔、印象的な内部建築が特徴。

St. Andreas

その直ぐ近くにある別の教会。これは聖ペーターと洗礼者ヨハネス参事会教会といい、12世紀初頭創建のアウグスチノ修道会の修道院教会だそうだ。1803年からカトリック教区教会となり、ネオロマネスク様式双塔が特徴的な教会に改築されたそうだ。

Stiftskirche St. Peter und Johannes der Täufer

この教会の正面は四角い大きなパティオに面していて、きっと人々が集うには良さそうな広場の程だが、日差しが強いせいか妙に閑散としていた。パティオから門を抜けて出ると、旧市街のストリートが広がる。カフェやレストランで寛ぐ観光客が大勢いた。他にも洋服屋、土産物屋、1697年創業の酒店Grassl Berchtesgadenの本店などもある。この酒屋で名物のリンドウの一種の根から作るシュナップス(リキュール)やジンの試飲がたっぷりとできる。小瓶を沢山買い込んで夕飯で皆んなで試飲会だ。

旧市街の通りからWatzmannを見上げることができる。少し高台に登ると先ほど立ち寄った教会の塔らが目立つ。そしてその向こうにWatzmannはじめ、Berchtesgadenアルプスが聳える。山々に囲まれた小さな街だと、改めて実感した。

ベルヒテスガーデン旧市街

帰りにスーパーで夕飯の買い出しをして17時半に帰宅。今夜は(まだ明るいけど)いろんなGrassl Berchtesgaden Ginやシュナップス(schnaps: 果物や穀物、ハーブなどを原料とする様々な味や香りを楽しめる、高アルコール度の蒸留酒)で乾杯の嵐だ。

ベルヒテスガーデン(宿は正確には隣町のBischofswiesenのBerchtesgaden寄りにある)で過ごす最後の夜が更けて行く。20:40、Watzmannの主峰が夕陽に染まる。

 

南ドイツの旅、10日目。いよいよベルヒテスガーデンを離れる。10時前に宿を出発、駅前のロータリーを抜けて、昨日のBerchtesgaden旧市街地を通り抜けて、Bischofswiesen市街地を抜けてミュンヘンを目指す。Watzmannが次第に遠くなっていく。名残惜しい。

高速道路(Autobahn)に乗りそのままミュンヘンを目指すのかと思ったら、途中で高速を降りて昼食を兼ねて少しハイキングするという。ザマーベルクの長閑な牧草地の広がる小さな街の道路脇にあるパーキングに留めて、軽い山登り。牧草地では牛が草を食む。小さな集落を抜けて林道になり少しずつ登ってゆくこと20分。小高い丘の上にレストランが現れた。

Samerberg

時刻はちょうど正午、Gasthof Dandlberg Almというレストランに到着。丘の上で見晴らしがよく、気持ち良いので外の席に座った。まずはビールで乾杯。このビールWieninger Bierはザマーベルクからそれほど遠くない南バイエルン地方のタイゼンドルフ(Teisendorf:旅6日目に立ち寄ったキーム湖と旅8日目に行ったザルツブルクの丁度中間地点)にある1600年頃から続く老舗ブルワリーだ。飲んだのはTeisendorf Hell、クリアでスッキリした生ラガービールだ。美味い!ところで外の席は料理のないうちは良いのだが、どうも周囲の席を見ると料理が出てくると群がるアブで皆、閉口している様子。料理が出てくる前に室内の席に移動させてもらった。これは正解。落ち着いて食事ができた。家族経営なのか、小さな少年がテキパキと要領よく生ビールをグラスに注いでいて妙に感心した。料理の名前は忘れたがそれもバイエルン地方の家庭料理だ。

さてザマーベルクの林道を歩いていて見かけた虫たちを少し(初めてAIで調べてみた)。左)道端の花にとまったのはミドリヒョウモン。いっぱいいた。中)日陰の葉にとまっているのはアカカミキリ♂。右)テラス席で隣のお客さんのデザートに付いてきたベリージャムに群がるアブ。凄まじい。

帰り道、最初に見た広い牧草地で写真を撮っているカップルがいた。うまくすれば人工物を入れずに広大な草原に佇む写真を撮れるのだろう。宣材写真に良いかも。

牧歌的なザマーベルクを出発してミュンヘンに向かう。まずは空港のレンタカー返却専用駐車場でレンタカー(アウディだった)を返却し(間違って入庫しちゃってあたふたしている一般車がいた。一旦入ると大量の駐車車両に阻まれて出るのは結構大変だろう)、タクシーで15分くらいのところにある郊外のシティーホテルにチェックインした。娘の旦那さん、運転ご苦労様でした。saci perereは運転しないのをいいことに各所でひたすらビールをいただいていました。心から感謝です。最後もミュンヘンの地ビールPaulanerのMünchener Hellで乾杯だ!(娘の旦那はWeißbier)

南ドイツの旅、11日目。8:30にホテルを出てタクシーで、9時前にはミュンヘン空港へ。娘夫婦とはここでお別れ。彼らは電車でハノーファーへ帰って行った。saci perereらはミュンヘン11:15発、羽田行きANA便で帰国した。約12時間半のフライトで日本時間7時前に到着。機内で寝ようと頑張ったがあまり眠れず、日本で暑い1日が始まった。

 

ここで地図でおさらい。世界地図をなんとなく眺めたことはあっても、ドイツの地図をちゃんと眺めた人はあまりいないだろう。去年は二週間かけて黄色の矢印に沿って旅した。ざっくり言ってライン川流域。ブドウの産地巡りだ。今年は10日間かけて赤い矢印に沿って旅した。ざっくり言ってドナウ川流域。ビールの産地巡りで酪農地域だ。そしてヨーロッパアルプスの山裾。ヨーロッパが熱波に襲われたニュースは日本でも聞いたが、今回の旅の間気温は日中は22〜25℃、朝晩は12〜15℃くらいで、気温的にはちょうど浅間山北麓と同じ感覚だ。

今回ブログに記してきた地名の位置関係をバイエルン州の南部の地図でもう少し詳しく見る。

そして一番長く過ごして、とても素敵な宿で、最も山の美しさに魅了されたベルヒテスガーデンの地図で尋ねた場所やブログに出てきた地名の位置関係を確認(黄色の矢印)。この地図は宿に置いてあった無料の観光案内のパンフレットに付いていたものだ。ザルツブルクの街がいかに近くて、ベルヒテスガーデンよりいかに大きな街であるかがよく分かる。因みに1400年頃のベルヒテスガーデンはザルツブルク大司教管区内であった。

 

今回も娘夫婦には、宿の手配、レンタカーの手配や運転、毎日の買い物や食事、毎日の細かい行動予定・・・自分たちでは何一つできない。とてもお世話になった。ありがとう。

別れる前から、もう次はどこに行くか話が始まっている。ありがたいことだ。今回のガルミッシュ•パルテンキルヒェンもベルヒテスガーデンも最高に気に入った。もう一回行きたいくらいだ。ドイツではないがドイツ語圏のスイスやオーストリアのアルプスに行くのもいいなあ。でも娘たちは行ったことのない知らない場所を旅したいらしい。スペインとかカナダはどう?と聞いてくる。元はと言えば娘たちの住んでいる場所を訪ねたい、から始まったドイツ旅。ニュージーランドはどう?もはやドイツより日本からのほうが近い。さて来年はどうなるのか楽しみだ。(完)

 

南ドイツの旅(4/5)〜ケーニヒス湖/オーバー湖〜ザルツブルク

旅7日目、朝5:45のテラスから南西方向、朝焼けの山々。

右側の山塊の最高峰がホッホカルター(Hochkalter, 2606m)、左側の雲が湧き出ている山がベルヒテスガーデンアルプスを代表する名峰ヴァッツマン(Watzmann)の主峰Mittelspitze(2713m)で、これはドイツで3番目に高い山、山体が全てドイツにある山では最高峰だ。泊まっている宿の名前Lodge2713はこの主峰の標高に因んだに違いない。

その右手、東南東方向の山々は朝日が当たらずシルエットが浮かぶ。左からケールシュタイン(Kehlstein, 1881m)、中(雲が掛かっているのが)ホーアー•ゲル(Hoher Göll, 2522m)、右がホーエス•ブレット(Hohes Brett, 2341m)だ(多分)。ホーアー•ゲルとホーエス•ブレットはゲル(Göll)山塊の一部でともにドイツ(バイエルン州)とオーストリア(ザルツブルク州)の国境の山々だ。

今日は名峰Watzmann(ヴァッツマン)の麓にある景勝地ケーニヒス湖とオーバー湖に向かう。8:00時に宿を出て、ケーニヒス湖畔にある駐車場まで車で15分ほど。8:30にはSeelände港からSt. Bartholomä往きの船に乗ってた。船上からの景色にすでに圧倒されていた。Watzmannはやはり雲の中だった。ちなみにWatzmannはその独特な形状が最大の魅力(後程ベルヒテスガーデン旧市街地から少し登ったところからの全体像の分かりやすい写真を掲載する)だが、下の写真の雲に隠れているのはKleiner Watzmann(2307m;あるいは地元ではWatzmannfrauと呼ぶ)というヴァッツマン山塊の一部だ。船長さんは時折、景色の解説をしてくれる。北側遠くに見える山が魔女が横たわった姿だとか、ヴァッツマンの伝説とかだ。娘が横で同時通訳してくれるので助かる。後からWatzmannについて改めて調べたので、簡単に紹介する。

WatzmannはMittelspitze (主峰2713m)、その南側にWatzmann Südspitze (南峰2712m)、北側にWatzmann Hocheck (ホチェック2651m)からなり、さらにその東側のWatzmannfrau (ヴァッツマンの妻2307m)、と主峰と妻との間の”七人の子供達”と呼ばれる2250m前後の小さな山々も含めた総称でもある(Watzmannkindと名前の付く山は5峰)。地元ではヴァッツマン伝説というものがあって〜昔、ヴァッツ王という強欲な王様がいて、あまりに民衆を苦しめたためにヴァッツ王とその家族は石に姿を変えさせられた〜のだそうだ。

乗船時間は30分ほど。途中、船長さんは岩壁に挟まれたところで船を停めて「ここはやまびこがよく聞こえるスポットだよ」と、徐にロータリートランペット(さすがドイツだ)を取り出していきなり演奏を始めた。かなりの腕前だ。聞き惚れてしまい、やまびこに注意が行かない。演奏が終わり拍手喝采になると「皆さんありがとう。ではチップをお願いします」と、ちゃっかり満員の乗船者の間を巡っていた。船長曰く「この仕事は操船は勿論、船の整備、演奏もできないといけないから大変なんだよ」と自画自賛してた。

St. Bartholomä港で下船。1時間余りハイキングした。ケーニヒス湖畔からの景色は素晴らしくて見飽きない。振り返ると、Watzmannfrauが相変わらず雲の中だがそのダイナミックな岩肌が光り輝いて、森とのコントラストが美しい。

湖畔から森の中に入っていくと途中、多くの倒木に出会った。それもほぼ一方向に倒れている。散策路に説明書があったが、以前、大規模な雪崩が起きて襲われた箇所の森は失われたとのこと。おそらくそれに関連した名残なのだろう。今は静かで深い森の中で路端の花には蝶やハナムグリが集い冬の厳しさに思いが至らない。

St. Bartholomä港からまた船に乗って15分くらい、königssee湖の最奥、Salet港に到着。まだ11時にもなっていないが、混む前に昼食にしようと、開店したばかりのレストランへ。ご当地名物?のスモーク鱒が美味しかった。ここはナショナルパーク内、ナショナルパークとベルヒテスガーデンアルプスにベルヒテスガーデンの地ビールで乾杯。

そこから10分とかからず、今日の目的地オーバー湖(Obersee)に到着。Ober湖の最奥まで湖畔のアップダウンの激しい岩場の散策路を進んだ。道すがら絶景に度々足が止まる。雲が多く日差しが刻一刻と変化し、空と岸壁と森と湖水がさまざまな表情を見せる。一瞬、風が止むと鏡のような湖面に周りの景色を浮かび上がる。たちまち神秘的な光景が広がる。本当に美しい。

Obersee

美しいとしか言いようがない。

いかにも氷河地形だ。カールに水が溜まったフィヨルドのような光景。Ober湖の最奥の先、左側の山はHanauerlaubköpfl (1878m)、右奥の山はWildpalfen (2236m)やオーストリア国境のWildalmriedl (2269m)やJägerburunntrog (2230m)だ(多分)。

そういえばOber湖で泳いで遊んでいる人たちがいたなあ。綺麗な水を見ると皆入りたがる。

Ober湖の景色を堪能し、元来た道を戻る。帰りの船もまずまずの混み様だ。Seelände港に15時過ぎに到着。買い出しして宿に戻ったのが18時くらい。一日の行程を地図で確認した。美しすぎる景色の数々。忘れられない一日になった。夕陽に染まるGöll山塊に乾杯。

 

旅8日目、ベルヒテスガーデンはドイツの東南端に位置する。言葉は悪いが盲腸みたいにオーストリア側に飛び出してる。テラスから見えるGöll山塊はもう国境だ。今日はベルヒテスガーデンからオーストリアのザルツブルクまでドライヴだ。所要時間はわずか30分。近い。

ザルツブルクは思い出の町だ。31年前に初めての海外旅行でウィーンとザルツブルクを訪れて以来だ。娘夫婦はザルツブルクは初めてらしく、「じゃあ、案内してね」という。いやいや無理でしょ!

ホーエンザルツブルク城の南側にある駐車場に車を停めて、まずはホーエンザルツブルク城を目指す。トロリーバスや街並み、なんとなく懐かしい。見上げると城が聳える。

31年前にもホーエンザルツブルク城に行くには行ったが、夜、城内のホールで室内楽の演奏会を聞きに行っただけで、城内の見学はしていなかった。夜20:00とか21:00とか丁度日没の頃で夕陽に染まるホール内で弦楽四重奏を聞いたなあ。旧市街の広場から城まではケーブルカーに乗った。こんな立派なケーブルカーはなかったと思う。

ホーエンザルツブルク城から旧市街地を見下ろす。ザルツブルク大聖堂の横の広場では野外コンサートの準備が行われているようだ。ザルツァッハ川を挟んで奥が新市街地、手前が旧市街地だ。城内の見学路にはザルツブルクの歴史が展示されている。ザルツブルクとは直訳すれば塩の城。紀元前2500年前から岩塩の採掘が始まり、中世(〜15世紀)には莫大な富をもたらした。街は8世紀の末に大司教座が置かれてカトリック文化の一大拠点として発展した。1077年の聖職叙任権闘争という権力争いの中、当時の大司教が11世紀末に城砦を築き、12世紀半にほぼ完成して難攻不落の城として知られた。前のブログで出てきたノイシュバンシュタイン城などとは決定的に異なり、戦う拠点としての城だ。大砲がそれを物語っている。一方で塩の交易で周囲の国との平和的な交流が盛んであったようだ(駆け足で展示を見たので定かでないが、確か「平和と塩」みたいな展示があった気がする)。

ホーエンザルツブルク城から帰りは徒歩で降りてきて、丁度お昼の時間。娘の旦那がお勧めのオーストリア料理のレストランGasthof Goldgasseを予約してくれていた。

まずはザルツブルクの地ビール、トュルマーピルスの生ビールをいただだく。娘の旦那はFreispielというノンアルコールビール。食べるのは勿論、オーストリア料理といえばWiener Schnitzel(ウィンナーシュニッツェル:仔牛肉を薄く叩いて伸ばしたカツレツ)。ドイツでは豚肉で作るらしく、本場のシュニッツェルを堪能。左側の皿はスープのように見えるが付け合わせのサラダ。そして最後にデザート、Salzburger Nockerln(ザルツブルガー•ノッケルン:ザルツブルクの山々)という、泡立てた卵白に小麦粉と砂糖を入れて焼き上げてベリーソースやバニラアイスと一緒に食べる郷土料理。一人分とか二人分とかそういう単位はなく、この大きさ一択だ。巨大だが口当たり軽くて大人四人だと割とペロリと食べられる。

食事を終えて店を出ると14時!料理が出るまで結構待たされたが会話も弾み美味しい郷土料理を楽しんだ。

実はホーエンザルツブルク城からGasthof Goldgasseに向かう途中の広場で「あれ?」って思っていてず〜っと気になっていたことがあった。街角で絵を売っているよくある光景なのだが、なんか見覚えがある… 広場に戻って絵を探した。「あった、あった、、、やっぱりこれはあれだよなあ。」などとぶつぶつ言っていたら、横の人だかりの中から大男が現れて手を広げている。???やっぱり!!!なんとなんと31年前にザルツブルクを訪れた際、同じ広場で絵を売ってた画家だ。向こうも嬉しそうにお前は絵を買ってくれたよな、と嬉しそう。saci perereは毎日彼の絵を見て過ごしているのだから覚えているのは当たり前だが、向こうにしてみれば31年前に絵を買ってくれた通りすがりの28歳の東洋人なので覚えているとは思えないのだが、頭が混乱して感動して通りの真ん中で大声出して二人で抱き合ってしまった。なんという偶然か!あの時、3枚の絵を買って、一枚を自宅に、双方の実家に一枚ずつ飾った。したの3枚の絵がそれだ。画家の名前はIgor Radovan Zindovic、猫背の痩せた怒り肩の感情がすぐ爆発する繊細な青年画家だったように記憶している。

後日、昔の写真を漁って出てきました。ボケボケですが証拠写真。彼のHPによると、”30年間ザルツブルクの広場で描き続けている。広場に行けば私を見つけることができる”とある。全くその通りだったのだ。

31年前のIgor ZindovicとSaci Perere

Igorと別れて、街歩きを再開した。31年前でも迷うことなく歩けるのが不思議だ。モーツァルトの生家、祝祭大劇場、カラヤン広場など地図も見ずに巡った。街並みは変わっていないのだが、モーツァルトの生家の一階がスーパーマーケットになっているのには驚いた。オーストリア土産といえばモーツァルトの顔の絵が入った包み紙の丸いチョコが有名だが、多分皆さんがよく見るのは赤っぽい包み紙。ザルツブルクにもそれがそこかしこに売っていたが、娘の旦那によると、青い包みのモーツァルトチョコは正真正銘ザルツブルク土産だそうだ。赤いヤツより値段が倍以上高い!4つだけ買って皆で食べた。

祝祭大劇場を抜けてなんとなく入った教会。31年前に教会に入ってゆくと音大生だろうか?パイプオルガン(の練習と言ってもちゃんと弾いている)を度々聞くことができた。そんな気持ちでなんとなく入った教会。後で調べたらフランチェスコ会教会という8世紀に起源を持つザルツブルクで最古級の歴史ある教会堂とのこと。12〜13世紀にロマネスク様式、15世紀にバロック様式、17世紀にネオゴシック様式に改修されて今でもさまざまの様式が組み合わさって残っているそうだ。なかなかの荘厳な佇まいだ。

Franziskanerkloster

フランチェスカナーといえばミュンヘンを代表する白ビール。saci perereは”おじさん”と呼んでいる大好物だ。こちらはミュンヘンのフランチェスコ会教会に由来するとのこと。

駐車場に向かうためにホーエンザルツブルク城の脇を抜けて行く途中、見晴らしの良いところに案内板が。何気なく読み始めてびっくり。ザルツブルクはアルプス山脈の北端。ザルツブルクの街ははるか昔、氷河の末端に位置し、ここにはかつて古ザルツブルク湖が広がっていたのだ。いや〜興味深い!

ザルツブルクを出発、16時すぎにベルヒテスガーデンに戻ってきた。少し時間が早いので夕飯の買い出しの前に旧市街から山を少し登ったところに景色の良いところがあるらしく、行ってみることにした。

Wallfahrtskirche Maria Gern(マリア•ゲルン巡礼教会)の横の駐車スペースに車を停めてヴァッツマンを仰ぎ見ると、教会の尖塔と周囲の森、ヴァッツマンの山容の対比が美しい。

ここからハイキングコースがあり最初とんでもなく急な坂で閉口したが、30分ほどでベルヒテスガーデンからのヴァッツマンの象徴的な光景を見ることのできる展望所Marxenhöheに到着した。

ベルヒテスガーデンの街の向こうにヴァッツマンが聳える。ベンチがいくつか設置されていて、一日ここでスケッチするのも良いなあ、と思った。

娘夫婦のスマホの写真性能の方が優れているので、拡大して撮ってもらった。先に紹介したヴァッツマン伝説はこのベルヒテスガーデンからみるヴァッツマンから生まれたのだ(多分)。

MarxenhöheからのWatzmann

夕飯の材料を買い出しして19:30に宿に帰着。珍しく赤ワインで乾杯。デザートは本場本物のザルツブルクのモーツァルトチョコだ。

21時、Göll山塊が夕日に染まる。あまりに盛り沢山の1日が終わった。

 

南ドイツの旅(3/5)〜ツークシュピッツェ〜キーム湖〜ベルヒテスガーデン

旅5日目の朝6:30、テラスからの朝焼けのドイツアルプス。ドイツ最高峰ツークシュピッツェ(Zugspitze, 2962m)もかろうじて見えるが雲が沸いている。パルテンキルヒェン市街のパン屋で朝食を買って、そのまま車でガルミッシュ市街を抜けて、ツークシュピッツェの登山口アイブゼー(Eibsee)の駐車場に8:00に到着。ここからツークシュピッツェへはロープウェイと登山鉄道がある。往きはロープウェイを使った。ゴンドラの出発時刻を待ちながらさっき買ってきたパンを食べた。山麓駅は標高998.5m、山頂駅は2943.8m、標高差1945m余りを一本の支柱で支え、約10分で一気に上がる。すごい!ゴンドラが出発すると眼下にはアイブ湖(Eibsee)。眼上には…荒々しい岩肌が雲に吸い込まれている。山頂駅に到着、予想通りの視界ゼロ。気温0℃、持参したユニクロのダウンを着た。晴れていれば素晴らしい眺望なのだろう。眺望の案内板が恨めしい。一瞬だが雲が薄くなり、ツークシュピッツェの山頂にあるシンボルの十字架が見えたので良しとしよう。この視界の悪さ、寒さの中、岩壁を登攀して山頂に立つ登山家がいたのには驚きだ(写真にシルエットが写ってる)。

 

ゴンドラで登ってきた反対側に下りのロープウェイがあり、下にはツークシュピッツェプラトー(Zugspitzplatt, 約2600m)が広がる。ここを中心に四方にゲレンデが広がっていてスキーリフトが何台もある。積雪期には氷河地形とドイツアルプスの絶景を見ながらスキーを楽しめるのだろう。雲はなく視界良好だ。

駅に何年か前のツークシュピッツェプラトーの写真があった。夏でも残雪があり、氷河を観察できたようだが、今はすっかり氷河が消滅。これも温暖化の影響か。絶景のツークシュピッツェプラトーをしばし散策。見上げてもツークシュピッツェはいつも雲の中で一度も姿を見せなかった。すっかり冷えた体にはビールよりやっぱりホットコーヒーとホットチョコレート(ココア)がいい。

ツークシュピッツェプラトーから麓のアイブゼーまでは登山鉄道を使った。saci perereには馴染みのある箱根登山鉄道と同じアプト式(線路の間に歯型のレールがあって車体の歯車を噛み合わせて登降する)だ。

 

登山鉄道は経路の半分以上がトンネルだ。ドイツアルプスの岩山をよくまあこんなにくり抜いたものだ。50分ほどかけて山麓駅に到着した。今登ってきたツークシュピッツェを見上げることのできる(見えないけど)レストランで昼食。麓は25℃くらい。ツークシュピッツェに向かうゴンドラに乾杯するには、ビールが必要だ。ところでデザートの写真、これはダンプフヌーデル(Dampfnudel)という蒸しパンに温かくて甘いバニラソースをたっぷりと掛けて食べるバイエルン地方の名物デザートだ。デカくて甘いが、胡麻のように見えるバニラビーンズが程よく効いて意外とペロリと食べられる。

昼食後は、アイブ湖で娘夫婦が漕ぐ足漕ぎボートに乗って1時間ほどまったり。岸辺を見ると湖水浴している若者が結構いる。ボートから飛び込んで遊ぶ者も。ちょっと寒いんじゃ無いかと思うが、彼らは平気らしい。湖面から観るドイツアルプスはダイナミックだ。あっという間に1時間が過ぎた。

それからアイブ湖畔を一周する2時間コースをハイキングした。エメラルドグリーンの湖面と白い岸辺、緑深い森とドイツアルプスの岩肌のコントラストが美しい。

18時くらいにパルテンキルヒェンの宿に帰着。バイエルンの地ビールで1日の疲れを癒す。

美しいツークシュピッツェ(周辺)に魅了された1日だった。ちなみにツークシュピッツェ山頂駅の売店にウィスキーが売っていた。300mLくらいで4万円だったか(正確には覚えてない)とにかく高い。これは地元醸造のウィスキーをツークシュピッツェ山頂の蔵で熟成させたものとのこと。もちろん買わなかったが。

 

旅6日目、朝5:50のテラスからのモルゲンロート。美しい!旅も折り返し、後半戦だ。

素晴らしいロケーションの宿を発つのはうしろ髪引かれる思いだが、次の目的地ベルヒテスガーデンに向けて出発。

今回も直接は向かわず、途中、キーム湖(Chiemsee)のプリーン(Prien)に寄り道した。saci perereはもちろん初めて聞く湖だが、どうやらここはドイツでは有名なリゾート観光地らしい。キーム湖は約1.5~2万年前にできたバイエルン州で最も大きな湖で、湖畔では蒸気機関車によるトロッコ列車、湖ではセイリングなどが楽しめる。プリーンから船でヘレン島(男島、Herreninsel)に渡った。先に紹介したノイシュバンシュタイン城を作ったルートヴィヒ2世が1878年に建てたバロック調の城がある。城内のレストランで昼食を摂った。

ノイシュバンシュタイン城と同様、美しさを追及した宮殿のような城だ。パリのベルサイユ宮殿を参考にして作っただけあって、やたら広い広場や噴水がある。島内を巡る馬車もある。日差しが強く照りつけて汗ばむ。お城のカフェで一休みしてアイスコーヒーで乾杯。気を取り直して船着場に向けて出発した。

キーム湖畔のプリーンから2時間弱車を走らせ、この日の目的地ベルヒテスガーデンに18時くらいに到着した。山小屋風だが、2LDK+2バスルーム+サウナ+屋外プールのようなジャグジーバス+広いテラス、窓からはドイツアルプスが一望できるハイスペックな宿でした。

荷物を下ろして、ベルヒテスガーデン駅近くにあるスーパーに買い出しに行った。肉や野菜、チーズ、そしてお酒。それほど大きな街では無いのに、スーパー、アウトドア用品店、酒専門店などが一カ所に集まっていてとても便利だ。ちなみにスーパーの野菜売り場で、SHIITAKEが売ってた(勿論、椎茸のこと)。ミュンヘンビール、ドイツワインとウィスキーもゲット。娘の旦那はワインが大好き。皆で乾杯。運転、お疲れ様でした。

ここLodge2713に4泊する。テラスで山に乾杯!(時刻は19時半)