saci perereの山暮らし

湘南あたりでギター演奏家しながら浅間山北麓で山暮らしの二拠点生活

早、晩秋

好きなエッセイの一つに梨木香歩さんの「晩秋と初冬の間」というのがある。他人の文章を引用するのは、長くなるしあまり好きではないのだが、梨木さんの文章はとても綺麗なので、それこそ長くなるが引用させていただく。

 

『季節が秋の深まりに向かう時期、八ヶ岳を離れた。その直前まで目を奪われるような鮮烈さで景色の色合いが変わっていっていたので、何とかこの秋のうちにもう一度ここに戻りたいと思った。いつの季節も実はそうなのだろうが、この時期の劇的な変化は一年のハイライトとさえいえるのではないだろうか。

 たとえていえば、生まれてから上り坂一直線だった生命エネルギーが、ある年齢を境にしてがくんと下り坂に変わる、その瞬間、昨日まで無意識の流れ作業でこなしていた様々なことを前に、気分は同じつもりでいるのに、急に一つ一つ、スムーズに流れていかない仕儀に陥り、立ち止まってまじまじと見直すはめになる。それまでは若さの勢いで隠蔽されていた何かが露わになる、そのものの本質が奏でる幽(かそけ)き旋律(メロディー)が、秋の清涼な空気のおかげで、初めて耳まで届く、ような。緑一色だった葉っぱの一枚一枚の「老い方」に個性や味わいが滲み出てきて、まるで初めて出会ったかのようにしみじみと見つめてしまう。なぜこれが見えなかったのか。いやようやく見えるまでにときが熟してきたということなのか。

 だが何とか時間を見つけ、八ヶ岳へ(駆けつけるようにして)戻ってくると、あの燃えるようだった紅葉はすでに艶をなくし、ほとんどが落葉していて、かろうじて葉を落とし切っていないものも、見ているうちにどんどん残った葉を風に散らされていく有様。赤岳はすっかり雪に覆われ、不穏な灰色が一癖も二癖もある側近のように始終まとわりつき、顔が見えない。まるでずっと遠くに行ってしまったようだ。心にひんやり、冷気が通り抜ける。もうすぐ南岸低圧がやってくるのだ、冬山遭難の季節が。しかしまだ季節は晩秋から初冬に移り変わろうとしているところ。いうなれば、晩晩秋の中頃、といったところ。それもこの一瞬一瞬に、晩晩秋の終盤へと変わりつつある。止め処がない。けれど自然はいつもそうやって駆け続けているのだろう。(後略)』(梨木香歩著「歌わないキビタキ 山庭の自然誌」より「晩秋と初冬の間」 2023年毎日新聞出版

 

知らず知らず、八ヶ岳浅間山北麓、赤岳を浅間山に読み替えて感じ入ってしまう。そう、山の秋はなにか、美しい紅葉が落葉していく中で、じってしていたいのに急かずにはいられない、不思議な感覚に陥る。もちろん春の新緑や夏の鬱蒼とした森、冬の落葉しきった明るい木立もそれぞれに良いが、この変化の只中にある秋の情緒は格別だ。こういった経緯もあり、実はこの浅間山北麓の山小屋を「アトリエ秋山荘(しゅうざんそう)」と勝手に呼んでいる。前出の伊豆高原のご夫妻にこの話をしたところ、そのデザイナーの旦那さんが表札看板を作ってくれたわけである。その後、先に紹介した梨木さんのエッセイを読み、ああ自分の気持ちはこうだったんだと、逆に教えてもらった感じ。梨木さんの一連のエッセイが2020年「炉辺の風おと」、2023年「歌わないキビタキ」、2025年「小さな神のいるところ」と単行本で出版されているので是非。

 

11月3日、浅間山初冠雪。季節は実に駆け足で移ろいゆく。

北軽井沢観光協会FBページの11/4の投稿から拝借

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