saci perereの山暮らし

湘南あたりでギター演奏家しながら浅間山北麓で山暮らしの二拠点生活

中之条ビエンナーレ2025!

標高1,000mの浅間山北麓、まだ山小屋のまわりでは色づきはほとんどないものの、道端で時々鮮やかに色づいた紅葉(黄葉)に出くわして「もう秋なんですよ」と言われている気がする。それよりここではこの時期、しとしとジメジメ、朝晩肌寒いと、否応にも秋を実感させられる。朝晩、10℃くらい、日中20℃を下回る日が多い。今日は久しぶりに晴れて気持ちの良い朝でした。今週からスリッパを夏仕様から冬仕様に変更しました。

リビングの前の森/夏(左)スリッパ→冬(右)スリッパ

昨日、開催中の「中之条ビエンナーレ2025」(会期2025/9/13〜10/13)がいよいよ来週までということで前回2023年に続き行ってきました。前回は時間がなくて中之条市街地エリアの一部しか回れなかったが、それでもとても刺激を受けたので、今回は他のエリア含めもっと沢山見ようと朝から一日かけて回った。中之条町役場に車を停めて、近くの「つむじ」でパスポートを購入、会場は空き店舗や廃業した旅館、神社境内、丘の上、空き地など様々。いずれもその土地にあって過去と現在と未来を結びつける何かをアーティストが汲み取って独自の表現方法で形にするというもの。まずは中之条市街地エリアの「つむじ」周辺の6会場見て回った。中でも旧廣盛酒造会場の二作品、西島雄志「時空を超えて」、葛本康彰「山のさかさは空、空はひかりの穴」に感銘を受けた。丁寧な造形と光の効果的な当て方、詰め込みすぎない絶妙な「間」などがその場空間とコンセプトのリンクに繋がっていたと思う。

旧廣盛酒造会場:西島雄志「時空を超えて」・葛本康彰「山のさかさは空、空はひかりの穴」

会場は中之条町の市街地から山間部まで大きく6エリアに分かれている。今年は他の会場も回ろうと、まずは市街地エリアの北側、伊参(いさま)エリアの一部6会場を回った。ここで印象に残ったのはまず親都(ちかと)神社。中之条のシンボル、霊峰嵩山(たけやま)の南麓にある、御神木の欅や並び立つ杉に囲われた親都神社はそれだけでもう抜群の存在感を放つ。齊藤寛之の作品「遊仙〜仙人は気ままに動き回る〜」は神社の境内に別空間を現そうとの試みとのことだが、saci perereはむしろ神社の場が作り出す神と人との関係を繋ぐものの一つの表現のように感じた。この場は特別だ。

親都神社会場:神社の大欅・社・齊藤寛之「遊仙〜仙人は気ままに動き回る〜」

次に伊参(いさま)エリアの総合案内所でもあるイサマムラ向かった。かつての伊参小学校が2013年に廃校の後、ビエンナーレを機に2017年から伊参芸術文化創造施設「イサマムラ」として蘇った。ここでは中之条ビエンナーレの存在意義というか持続的な芸術活動のエネルギーを感じた。アーティストたちの表現の場としてよりも地元の中之条中学校、中之条小学校、吾妻特別支援学校の子どもたちの表現(おそらくはアーティスト達や先生方のサポートの影響大)や、フィリピン国際交流プログラムから生まれた子どもたちの表現のエネルギーは素晴らしい。一方、齋木三男の石仏(手で直接触れることができる)に感動した。解説に「自分はアーティストではない」みたいなことが書いてあったと思うが、とんでもない。石には様々な気が宿るとされるが何気ないそこいら?の石に仏さまが掘られることによって石の中に宿る何かが顔を出したように感じた。その隣の部屋の字にも魅せられた。それぞれに強いこだわりを持つ障害者たちの作品の中の「Beautiful Life」と「森林」の文字に惹きつけられた。

イサマムラ会場:齋木三男「ふれるほとけ展」・なかんじょアートミーティングから二作品

次に伊参エリアの西側、沢渡暮坂エリアに向かった。一括りのエリアとなっているが結構広い。沢渡温泉郷にある4会場のみ回った(というかタイムアップ)。作品にも(良くも悪くも)色々感じるものはあったが、それより沢渡温泉〜大岩〜暮坂の里山の光景の美しさに心惹かれた。移動中に17時を回ってしまい、実はその先の六合(くに)エリアを回るのも楽しみにしていたのだが、タイムアップ、残念!せっかくなので六合エリアにある道の駅「六合」に隣接した応徳温泉「くつろぎの湯」に浸かってから山小屋に帰還した(これはかなり良い湯、おすすめですよ。ボディソープ、タオルは是非持参すべし)。

沢渡神社の見晴台から・沢渡温泉から西方面・大岩周辺の里山

今回も思ったほど回ることはできなかった。やっぱり最低二日は必要かな。次回、2027年の時は大自然と人間生活の関わりの深い六合エリアや四万温泉エリアも是非回りたいものだ。

中之条ビエンナーレ2025、どうにも独りよがりな作品や、細部の詰めの甘い作品、会場と表現が乖離した作品も散見されたが、それも含め色彩や造形だけでなく時空間感覚、触感、聴感が刺激された。また中之条町を挙げてビエンナーレを盛り立てて次世代に繋ごうという意志に心地よさを感じた。個人的にはつい置き忘れてしまう「間」や表現の意図の重要性を再認識した機会であった。